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ありがとう、マロンパラダイス【大学期】
高校時期の僕の音楽は、昼休みの音楽室、もしくは福井駅地下道が全てだった。

マロンに出会って自分がどれ程、井の中の蛙だったか思い知らされた。

まだまだ知らない音楽が溢れているし、視野を拡げなくては。そんな気持ちでいた。


その数か月後、僕は大学に入った。

当時、僕はバンドというものに魅力を感じていなかった。

アコギ一本の方が歌い手の気持ちが率直に届くし、歌に重なる楽器は邪魔だとさえ思っていた。

うん、若かったね。

そんな気持ちでいながら、他の楽器に触れて、何らかの可能性を見つけようと軽音サークルに入った。


マロンでは2,3か月に1度のペースで、弾き語りイベント「F1」が開催されていた。

毎回、12,3組程度の出演者であふれ、本当に毎回、盛り上がっていた。

当時の弾き語りは、往年のディープなフォークソングを歌う人が多かった。

僕も多くの影響を受けて、春夏秋冬やなごり雪、いちご白書等は本当によく演奏した。

心地よかった。


そんな生活を1年ちょっと。

この振幅の広い音楽生活に、心が疲れてしまった。

元々、音楽で何をしたかったのか。

そんなことを考えるようになってから、軽音部を辞め、マロンに顔を出すことも無くなっていった。

ギターさえも触らなくなっていった。


3年生になって、谷川穂高君と出会った。

当時mixiが流行っていて、そのツテで彼の路上ライブを見にいった。

生活感がにじみ出る彼のオリジナルに心を打たれ、

「flowing」や「ミンミンゼミ」等、高校時期にコッソリと書いていた曲を歌っていこうと決意した。

もちろん、オリジナルを初めて披露したのはマロンパラダイス。

マロンに再び通い始めるようになってから、作り溜めていた曲を披露するようになった。

今でもそうだけど、オリジナルを演奏するって結構勇気が必要で

自分が目の前で丸裸になっている感覚だし、何よりも聴き手の反応が怖かった。

純さんは、当時から曲に対する率直な感想を言ってくれて、時折凹みもするけど何より原動力になった。


大学を卒業するまで、このサイクルは続く。

改めて自分がどれ程音楽に救われているか痛感したし、その素晴らしさを伝えていきたい。

自然とそう思うようになり、大学卒業後、音楽しかしない時期を作ることを決めた。

上京期へ続く。。。
author:南本智哉, category:Diary, 12:15
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